マリーは、ホワイトチョコがけロールケーキでできた木々が立ち並ぶ、白樺の森に入っていきました。
まだお昼前だというのに、あたりは真っ暗です。
木々が寄り添うように生い茂り、空を隠していたのです。
しばらく歩くとマリーは、スカートと靴の間の素足に、ひんやりとした風を感じました。それはどうやら前方に見えてきた深い青色の湖から流れてきているようです。
湖の岸辺までたどり着きました。
マリーは、美しい湖面に身を乗り出して、水底を覗き込みました。
その時です。
湖面の真ん中がゆらゆら揺れて、水底に吸い込まれたかと思うと、突然、背の高い女の人が姿を現したのです。
湖の底から現れたその物哀しげな瞳の、とても美しい女の人。
この女の人こそ、お菓子の国の住人たちから、「アナスタシア湖の魔女」と呼ばれている、呪いに囚われた女神だったのです。
「この青い湖もね、ずっと以前はきれいな桃色をしていたのよ。」
「知っているわ。わたし、聞いたことがあるもの。湖のまわりにたくさんのバラが咲いていて、そのたくさんのバラの花びらが湖面に映って、それはそれは美しい桃色に光っていたって。それがどうしてこんな寂しそうな青色になってしまったの?」
「それはね、マリー。わたしが心に鍵をかけてしまったからよ。」
「心・・・に、鍵・・・?」
「そう。心に鍵をかけたの。誰でも、哀しいことや思い出したくないことがあると、それを心の奥に閉じ込めて鍵をかけてしまうものよ。もう二度と見たくないから。もう二度と聞きたくないから。」
アナスタシア湖の魔女は、哀しそうにつぶやきました。
「湖が青くなってしまったのは?」
「わたしが心に鍵をかけてしまった時から、桃色だったバラの花びらが青くなったの。そして今ではその青い花びらがすべて散ってしまって、湖の底に沈んでいるのよ。」
「きっと、バラたちは、孤独なあなたを見て心を痛めたんだわ。」
「どうすればまたもとのような桃色に戻るかしら。」
「あなたがいつか心の鍵を解いて、笑顔を取り戻せば、きっと・・・いつかあなたが、あなたのことを大切に思っているバラたちのために、心の鍵を開けることができるように願っているわ。」
マリーは軽く会釈をして湖を後にしました。
マリーは、その時アナスタシア湖の魔女の瞳から涙が零れ落ちたことに気がつきませんでした。それは、とても小さな涙だったからです。
しかしそれはとても美しい、まるで宝石のような涙でした。
そして、もうこの瞬間には魔女でなくなっていたのです。
青い服はいつしかバラ色のドレスに変わっていました。
そして、深く暗い青色だった湖面が、いつしかバラの香り漂う、きれいな桃色に変わっていたのです。
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