雨上がりの通学路で、たった今できたばかりの水たまりを、まるでウサギのように軽い足取りで跳び越えたのは、小さい茶革製の靴。
まだ小学生の女の子には少し大人びた深緑色のワンピースも、その少しばかり寂しげな表情のおかげでちょうどよく見えます。ケンカではまだまだ男の子たちに負けないくらいの気性を思わせるその瞳の隣では、栗色の巻き毛が揺れています。
女の子の名前は、ローズマリー。
みんなはマリーと呼びます。
これから始まるこの物語の主人公。
学校からの帰り道、たった一人でもマリーは寂しくありません。いや、寂しくないと言えばうそになるかもしれませんね。同じ年頃の友達と一緒に帰りたいなとも思います。だけどこのころにありがちな、”仲間どうしで群れる”
のがマリーは嫌いなのです。
”ほんとうの友達ができるまでは、わたし一人ぼっちでもいいわ”
と考えていたのでした。
そしてもうひとつ、マリーが一人で過ごしていても平気な理由がありました。それは、”もうひとつの国” にでかけることです。この
”もうひとつの国” というのは、実は誰でも持っているのです。だけどそれは目には見えなくて手でも触れない。その存在を強く信じきった時にしか行くことはできないのです。
マリーの持っている ”もうひとつの国”。
それは、美しい砂糖菓子で彩られた ”お菓子の国” だったのです。
お菓子が大好きなマリーは奇妙な癖を持っています。
甘くておいしいというだけではなく、絵の具のように色鮮やかでとっても素敵な形をしている数々のお菓子たちを心に思い描くだけでたまらなく幸せな気持ちになり、無意識のうちにくるっとその場で一回転してしまうのです。そのたびにマリーのスカートの裾はフワっとふくらみます。
お菓子のことを考えながらの帰り道、マリーはクルクルと回りながら、周囲の人をびっくりさせるのでした。
とりわけ今日は、この前の日曜日にママと一緒に初めて作った苺ケーキのことが頭から離れません。そのせいで深緑色のワンピースが何度ふくらんだことでしょう。
真っ赤な苺をママはマリーの好きなように並べさせてくれました。マリーは長いこと時間をかけて考え、美しい苺を飾りつけたのでした。そして飾りつけの最後にマリーのアイディアで、花瓶の代わりとして台所の窓際に置かれていた飲み物の空き瓶から
”ごめんさない” と一言ことわって白い小さな花を摘み、ケーキの真ん中に飾ったのでした。
”今日はティアレ姫に、わたしが作った苺ケーキを見せるんだわ”
ティアレ姫というのは、お菓子の国のプリンセスのことなのです。
そしてとうとうマリーは放課後に毎日のように足を運ぶ目的の場所にたどり着きました。その場所とは、マリーが
”もうひとつの国” に行くための入り口があるところ。街の大通りから離れてぽつんと建っている小さな古いお城のようなお店。近所のみんなから
”お菓子と話をしている” と変人扱いされている、菓子職人ヨージックのお菓子店なのでした。
木製のドアに取り付けられたもうすっかり錆びてしまった鉄の呼び鈴が、マリーが勢いよく扉を開けたことによって、いつもよりも元気な音で鳴り響きました。
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